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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

人間を萎縮させるという統治の技法

昨日行った千駄木の往来堂書店は、大きさも店構えも普通の街の本屋さんなのだけど、棚のつくり方がぜんぜん違います。なにせ時計回りに店をまわると、最初にところ狭しと並んでいるのは、岩波文庫です。奥には児童文学も充実していて、お客さんの店内の回遊に、独特の提案があります。

このお店の店長はもともと大型書店の店員さんでしたので、大型書店ができないことを、街の本屋さんでやろうとしているなと思います。なんと言っても、本に対する愛着がひしひしと伝わってきます。私もその連想棚をゆっくり眺めながら、ニュー・コンビネーションにハッとします。

本屋さんに限らず、ありとあらゆる職業の価値とは、なべてこのニュー・コンビネーション、つまりは意表を突く正解を新しく生み出すことだと思います。料理で言えば新作のレシピです。レシピを発明してそれがお客さんにバカ受けする、その状態が成功ということだと思います。

最近の政財官学マスメディアには、新しい組み合わせをつくる気概が、全くなくなりました。例えば最近のフジテレビのザ・ノンフィクションは、全く面白くもなんともない、ただひたすら、怒られないことだけを考えた凡庸極まりない構成の、エリートによる高みの見物に成りあがってしまいました。

ニュー・コンビネーションを見つけようとさえしていません。NHKの偽ドキュメンタリーと同じにおいです。長ったらしい街頭インタビューみたいなものです。制作者の視線は怒られたくないので、透明になっています。だから竹原ピストルのサンサーラは、エモーショナル過ぎて白けます。

1970年代から80年代までは、ドキュメンタリーとかノンフィクションなんて、苦しい人、貧しい人、悪いことした人を、追いかければそれでよかったですけど、いまのドキュメンタリーは、深い洞察力がないと、観る人の心を動かす新しい眼差しはみえてきません。最近のザ・ノンフィクションは「だからなんなの?」という感想しか出てきません。

何か新しい発見を、他者に促すものが見たいし、知りたいし、つくりたい。人間のあらゆる生きる喜びは、何か新しい発見をしたいということに尽きるのではないかと思います。新しい発見を封殺する社会、それがこんにちのスガーリンランド、朱子学カルトの見えざる力だろうと思います。

警察力とか人事力で組織を萎縮させ、ニューコンビネーションを黙殺する。見せしめをでっち上げ、明日は我が身と怯えさせる、なんていう統治の技法は朱子学カルトニッポンのお家芸です。

この社会の核には「悲しみ、懊悩、神経症、無力感」で横溢させ、人間を常態として萎縮させ続けるという統治の技法がある。(酒井隆史『通天閣』)

中曽根康弘のお弔いセレモニーの為に、文科省が国公立大学に、弔意を表すことを指図したみたいですけど、中曽根康弘みたいな人間に、彼が死んでからも畏敬の念を抱いてしまう田吾作こそ、草の根の狂気とも言うべき朱子学カルトの宿痾です。

自民党ポスターが、ソビエトカラーで、菅義偉はスガーリンなどと失笑を買ってましたが、党広報本部長丸川珠代の無神経を晒すこととなりました。己のポスターが赤だからといって、菅に赤を強いるのは広報ではなく、無知蒙昧です。小池百合子の緑のたぬきと、丸川珠代の赤いきつね、東京の魔女ですね。

菅義偉の赤のポスターは、近いうちに、しれっとつくりなおしになるでしょう。現代のレッドパージしかやることのない菅義偉内閣にしてみたら、この極東のソビエトみたいなプロパガンダポスターはまさに、語るに落ちる、ではないでしょうか。

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