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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

buzzではなくadvocacy(5月29日金曜日、晴れ)

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日本の朱子学カルトのサラリーマンたちが、 B to C の商売で一体全体、何を目標にしているかと言うと、 一言で言えば クチコミ だろうなと思います。 未だに Yahoo トピックスに 自分の担当している商品の話題が掲載されることを、マーケティングの目標にしている遅れた企業も 散見されます。ヤフトピを気にしている時点でどうなのかなと思いますが、マーケティングの予算をできるだけ少なくして、大きなクチコミ効果を 出そうとすると、炎上スレスレ或いは、炎上マーケティングそのものに走ってしまいます。

これは明らかに手段の目的化だろうと思います。星野源のソースを勝手に使った安倍晋三の動画が批判されたときに、菅義偉が強弁したのは、批判もあるが、インスタのいいねも今までで最高の30万いいねを貰っている、 というものでした。官邸は、かなり神経質に政権の評価をエゴサしているみたいですが、一般的にクチコミと一言で日本語になっているものには、実は相容れない2つの意味があることを、彼らはご存知ないのかもしれません。

日本語では、クチコミという一つの単語に集約されてしまいがちですが、英語でこれを分解すると、バズ と、アドボカシーに分かれます。バズ、とはもともと、ハネのブンブンいう音のことですが、そこから派生して、人がざわつく、うわさをするという意味になります。日本でも「バズる」なんていいますが、物凄い勢いでリツイートされまくるような状態です。もうひとつのアドボカシーは、支持とか擁護という意味で、マーケティングにおいては、お客さんが商品やサービスのことを、褒めることという意味です。

日本では、バズとアドボカシーが、ごちゃごちゃになっています。安倍晋三のステイホーム動画は、どうして顰蹙を買ったかといえば、まわりの側近や出入り業者たちが、バズることと、アドボカシーの 根本的な差を知らないのだと私は推測します。とにかくいいね、の 数が稼げればいいのではないのです。安倍晋三が獲得すべきは、人々が安倍晋三を褒める声であって、バズることではありません。このことが 全然分かっていないので 支持率がだだ下がりになっています。

Netflixのテラスハウスも、Netflix加入の呼び水として、テラスハウスをキラーコンテンツのように扱い、Youtubeのテラスハウス公式チャンネルで、今回の事件のきっかけとなった、コスチュームを洗濯してしまったエピソードについて、これでもかっとばかりに、バズらせようとしていたことが、過剰な煽りではないかと問題になっています。おそらくBPO審査入りはさけられないと思います。

これも、とにかくバズれば勝ち、勝てば官軍という、クチコミについての誤った認識の結果です。SNSをサーチして、コスチューム洗濯エピソードがバズっていると知るやいなや、誰でも見られるYoutubeに、さらなる炎上動画を、当事者がアゲアゲで追加で複数上げた行為は、再生回数や新規会員獲得効果という数字がすべての、かっこ悪い古臭さが炸裂するインターネットビジネスによる悲劇です。

SNSでは、スルーされるより、嫌われたり叩かれたほうがマシという姿勢は根強くて、典型的にはトランプ大統領のツイートのような、ゲスな言動や、わざと人を不快にさせる言葉で、知名度を上げたり、人々の心拍数を上げることが、当たり前になってエスカレーションしています。でもこれ、もうこれからは、完全に頭打ちではないかな、と私は思います。なぜでしょうか。

internetの表記が、大文字から小文字に変わったのは2016年くらいからで、インターネットの社会と、リアルな現実社会がほとんど変わらなくなって、ゲスなことをわざとやる変人が、目立たなくなりました。新型コロナによるステイホームで、この静かな革命は、全世界同時に成し遂げられました。これまで過激な言動でバズらせることで、炎上マーケティングを仕掛けてきたラウドマイノリティが、サイレント・マイノリティにランク落ちしてしまいました。

さらに言えば、インターネットでやらかすと、バレるリスクがどんどん高まりつつあります。ステマがバレると、 日本ではそれがたとえ法律には違反していないとしても、ものすごく叩かれてしまい、ブランドの価値を大きく傷つけます。個人の誹謗中傷も、プロバイダ開示請求によって、すぐに身バレしますので、炎上の為の行き過ぎた言動は、抑制されつつあります。

しかしなんと言っても、とにかくインパクトで知名度をあげないとスケールしないという、マーケティングというよりはプロパガンダ活動そのものが、人々から忌み嫌われつつあるというのが、本当の理由です。これは金儲けの宣伝だ、と察知された時点で、スルーされたり、叩かれてしまいます。コピーライターによる矢鱈と美しい、破綻のない商業コピーなどは、書けば書くほど消費者にスルーされていて、もう見ていて気の毒なほどです。とにかく売れ線を最初から狙うという、二十世紀のやり方そのものの、行き詰まりです。

これから私達がつくり出すべきクチコミとは、すべてアドボカシーでなくてはならないと思います。アドボカシーとは、お客さんにとっての、体験の意味そのものです。例えば私は、眼鏡市場に行く度に、その接客が素晴らしいことに心動かされて、思わずツイッターで、褒めちぎってしまうのですが、それがアドボカシーです。ドキッとする炎上スレスレの広告やキャッチコピーなどクソです。私にとっては、ハズキルーペは、アドボカシーではなくバズで売るやり方なので、長くは続かないと思っています。

アドボカシーの何がすごいかといえば、セリング、つまり販促のコストが丸っと要らなくなることです。買って買ってと言わなくても、お客さんが勝手にやってきます。ドラッカーが、マーケティングの定義は、セリングをなくすことだと喝破しましたけど、これからのあらゆる商売は、アドボカシーのクチコミ勝負になると思います。支持や擁護の声が大きければ大きいほど、価格競争に巻き込まれなくなり、多少高くても、売れるようになります。

新型コロナのステイホームで、サイバー空間においてはアメリカ独立戦争や、フランス革命以来の、市民革命が静かに起きてしまいました。18世紀後半の市民革命と同じように、ネットの市民革命ももう、戻れません。革命は、ほぼ完了しています。国会議事堂の周りを囲む実際のデモなんて、どんなに盛り上がってもせいぜい10万人程度ですし、主催者と警察の動員数はどちらが真実かも、よくわかりません。しかしインターネットでは、リツイートやいいねが数百万から一千万と、客観的数字として立ち上がります。これはもう、革命です。

ステマや誹謗中傷、炎上マーケティングに加わると、それはそっくり負債となります。よしもと芸人が深夜のラジオで話したことも、ボランティアによって瞬時に文字起こしされ、数千万人のスマホ画面に転載されてしまいます。自粛警察などと揶揄される最近のネットの動きは、私に言わせれば新しい警察権力そのものです。桜田門なぞよりももっと強い警察権力が、SNSになってしまいました。サイバーの市民革命の結果、古臭い権力は単なる下僕、サーバントになりつつあります。

すべてのマーケティング活動は、投票活動と同じです。たとえどんなに炎上しても、さっぱり売れなくなりつつあります。バズは要するに単なるセリングでしかなく、見透かされてスルーされたり、下手をすると偉そうなお立場ご身分も、責任問題となって剥奪されてしまいます。もはや全然割に合わないので、炎上活動そのものが、なくなってしまうかもしれませんね。

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