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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

10月15日火曜日、晴れのち曇り

バカなくせに偉そうなバブル世代が超絶メシウマな失脚事件を起こすたびに、権力の終焉という不可逆的趨勢について、考えてしまう。くっくっく。

大きな組織、大きな物語、大きな権力がどんどんメルトダウンしており、私は、権力はコスパ悪過ぎであるとして、もうとっくに見限っており、権力に固執する人々を、キモい存在として間遠にしている。東電とか東芝とか電通とか、しりとりみたいな似た名前の大きな会社の、メルトダウン。

なんで権力は終わるのか?

権力の終焉

『権力の終焉』という本では、終わる理由を3つのMで説明している。More、Mobility、Mentalityである。

豊かになって(More)中間層が大きな勢力となり、権力が彼らを御し難くなった。被支配層を徳川みたいに「生かさず殺さず」になかなかできないので、逃げられちゃう。豊かになった彼らは移動(Mobility)も自由となり、強権で押さえつけても、軽々と移動できてしまう。豊かさと移動の自由を勝ち取った人々は意識(Mentality)も大きく変わり、もっと自分に好条件な権力を探し求めるようになる。男という権力にとっての女を考えてみればわかりやすい。国民国家とGAFAの関係もこの3Mで説明できちゃう。

しかし私は、この説明には心底では納得できない。日本は中間層が没落し、More(豊かさ)がかなり翳りを見せているし、学生も貧しくなり留学しなくなってきたし、海外旅行へ出かける日本人も減っている、Mobilityが活発になっているとは思えない。むしろ地縛は強まっている。だから意識(Mentality)もやけに保守的になり、思考停止になっている。若い女が専業主婦になりたがるとか、公務員が人気とか、権力の傘に入りたがるメンタリティが目立っている。

なのに日本でも権力はどんどん終焉し続けている。3Mでは説明しきれないではないか。

私が思うに、日本の権力を終わらせているのは、3つのAだと思うのである。

筆頭のAはアルコールである。ホワイトカラーもブルーカラーも酒浸りとなり、権力を行使できる対象がスッカスカになっている。笛吹けど酔って踊れず、である。権力を希求する精神が、そもそもアルコールによって破壊されているのではないか。中途半端に権力を移譲され、板挟みになっている中間権力が、そのストレスからアルコール依存に陥り、大きな組織を壊してしまっている。アルコールを飲み過ぎ、我を失って、権力を失う者たちが続出している。生きる目的などそもそもないのだが、いつの間にかアルコールが生きる目的そのものになってしまう。いい意味での「権力」が、丸で機能しないクソ社会である。

次のAは、匿名、Anonymousである。インターネットが空気のように浸透して、人間関係が完全に破壊されている。権力者の悪意や企みが善意のAnonymousである第三者によってあからさまにされ、信用の縮減が、起きまくっている。本当に信用できる立派な権力者が、もういなくなってしまった。

本当に知りたいことはGoogleにしか尋ねられないし、信頼できる小さな人間関係は、インターネット抜きでないと存立しなくなりつつある。GAFAが匿名人間のむごたらしさと凶暴さを換金して、信用という社会関係資本を打ち壊してしまった。権力が終焉しているのではなく、もっと大きな人間関係そのものが終焉しているのだ。もう工業化社会の牧歌的なナショナリズムには逆立ちしても戻れない。

最後のAは、AI、人工知能である。最近ソフトバンクの今後を危ぶむ声が出てきているけど、それはAnonymousの無責任な「風説の流布」かもしれないのだけど、現代の金融システムはもうどんどん人工知能が組み込まれているので、「あの会社大丈夫?」という疑いが、人工知能にロック・オンされてしまう。不安の集団心理を金儲けに使う人工知能が、勝手に動き出してしまう恐れがある。

3Mよりは3Aによって、権力は最終的かつ不可逆的に、終焉を迎えつつあるのではないか。大きな人間関係、大きな組織、大きな物語を駆動していた大きな権力が終わりつつあり、人々は最大で150人(ダンバー数)くらいの規模で、動物らしく生きていくようになるのではないか。

拙ブログのフリークエントな読者は、現在すでにその位の規模だと思うので、もうこれ以上は読者拡大を目指すことなく、毎日ダラダラと、徒手空拳に生きつつ、このしょぼい日記を書き続けるだけでOK。