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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

8月22日木曜日、曇り

いまとなっては東京湾に高濃度大腸菌とともに浮かぶ単なるちり紙になってしまった自称「全国紙」が、1961年から連載を開始した「交通戦争」という社会的な調査報道キャンペーンがあったけど、あれは要するに、戦後日本でモータリゼーションが過剰なまでに進んで交通事故が急増、「日清戦争での日本側の死者を交通死は上回っている、これはもうクルマと人間との戦争だ」――と紙面で訴えかけたのだと言う。日本の名ばかりの「独立」からたった10年で、自動車による交通事故死が社会問題になったのだから、軍事敗戦国家が瞬く間に経済による変形軍事国家に鞍替えしたその勢い、イケイケぶりがよくわかる。

このロジックに倣えば、現代の朱子学カルト日本国はまさに「アルコール戦争」のさなか、アルコールと人間の戦争状態にあるのではないか。公共電波でじゃんじゃん垂れ流される「警察24時」のしょうもない軽犯罪群の殆どが、どうみても飲酒起因である。また、アルコール依存が遠因となっている自殺、自殺未遂事件も相当数になるであろう。

ハンナ・アーレントの言う「凡庸な悪」のデパートである日本において、最も邪悪な悪とはつまり、「アルコール戦争」という致死的問題が、完全に、故意に看過され続けていることである。東京五輪協賛酒造業による美声、美辞麗句によるノリノリのプロパガンダ映像など観ていると、この国の深刻な狂気を感じる。朱子学カルトの成れの果ては、国民的アルコール依存による自滅ではないか。

このブログで百万遍書いていることだが、この国ではなぜアルコールという緩慢な殺人ドラッグが見逃され、大量投与され続けているのか、私はその本質的原因を、この国の宗教的狂気「朱子学カルト」に求めている。仏教カルトのオウム真理教がLSDを使って神秘体験を捏造していたように、朱子学カルトの政財官学は、なべて安価で量産可能なアルコール麻薬をじゃんじゃん使って、国民国家の共同幻想や体験を、捏造しているのである。

安冨歩の『ジャパン・イズ・バック――安倍政権にみる近代日本「立場主義」の矛盾』は、彼の広い知識と深い思考がとてもわかりやすい日本語で表現されており、朱子学カルトを嫌う拙ブログ読者諸氏にも強くおすすめしたい書籍である。この本で安冨歩は、日本の既得権益の正体を「関所」というわかりやすいアナロジーで解説している。

関所とは隘路、ボトルネック。要するにヒト・モノ・カネ・情報といった希少資源が、そこを通過せざるを得ないような仕組みのことである。私に言わせれば、戦前・戦中・戦後、日本国は一貫してこの「関所」をうまく活用して上級国民なる階層が一貫して、収奪してきたのだ。

しかしこの「関所」システムが、①需要構造変化(少子高齢化)②世界環境変化(中国台頭)③情報環境変化(IT化)によって、徐々に「関所」ではなくなってしまった。

①需要は国外へ流出したし、②サプライチェーンが中国ハブ化して③希少資源がコンピュータで自律分散化してしまったために、「関所」の旨味が急速に希薄化してきた。それなのに、日本の多くの政財官学はいまだに、箱根のような旧い「関所」を、ロボット人間を大量投入する人海戦術で維持しようとしている。

この時代遅れの「関所」仕事は、「とことん元気で明るい」「権力者への身体精神的媚態」「本心からの謙虚、地表より低い自己評価」を上層部から常に強く求められるレイバー・ワークなので、躁状態を鎮静するためにこそ、夜な夜なアルコールによる鎮静、麻痺が必要になるのである。

付け加えて言うなら、しかし実はこの「関所」に所属することは「本当は」旨い汁でも甘い汁でもなんでもなく、大変辛いことなのです。なぜなら、毎日が通行料を取るという何の面白みもない仕事だからです。己の銀行員時代を思い返すと吐きそうになりますが、関所の関守たちは、「ただ通行料をピンハネしている」という事実を隠蔽するために、わけのわからない書類を作ったりプレゼンをしたりして、必死で、「仕事をしているフリ」をします。しかも効率よく上前をハネることができればできるほど、つまり強力な関所にいればいるほど、圧倒的な稼ぎを自分自身で納得できるように、死ぬほど働いて自分をごまかすしかないのです。銀行やマスコミの高給はよく知られるところですが、なぜそんなに給料がいいかといえば、彼らがスペシャリティやオリジナリティに富んだ仕事をしているから、他に代えられないから、ではなく、ただ巨大で強力な関所に在籍しているからです。そして彼らはムダな仕事に忙殺され、灰色の人生を送っているのです。(安冨歩『ジャパン・イズ・バック』)

最近の日本の産業は、人間ボットを人海戦術で大量投入し続ける①「関所」ビジネスと、投入された人間ボットを沈鬱、鎮静、無痛化させる酒造業、アルコールのディストリビューターである小売業、飲食業、ギャンブル産業、性風俗産業などといった②「慰安」ビジネスと、デフレと緊縮財政による物価の世界的安さを前提とした③「インバウンド」ビジネスの「三業」に縮小されつつある。

私は「アルコール」という麻薬からの根源的自由の回復こそが、朱子学カルトのクソ洗脳から完全に切り離され、自由になるもっとも有効なアプローチであると説いている。

己の不幸を「自身が会社員であること」に求めてしまう会社員は、愚かであり、洗脳されている。分厚い解雇規制によってまだ一応守られている「正社員」は、会社員の不自由さの根源などではない。あなたの不自由さの根源は、アルコール(エタノールという麻薬成分)である。まずそのことに気づいてほしい。

アルコールから自由になると、脳と腸と肌が健康になるので、生きるチカラが急回復する。固定給は、会社側にとってこそ一方的に不利なので、自由を求めて会社を辞めてしまう前に、アルコールを止めてじっくり考えてみよう。

そして、ここからが重要なのだが、アルコールを止めてしまえば、実のところ、会社員を辞めることは、ものすごい簡単だし、ということは逆に、会社員を辞めなくともいくらでも自由に生きられる。別に辞めなくてもいいや、となるし、まあクビになってもなんとかなるな、と本心から思えるのである。

「関所」の仕事はとてつもなく退屈である。「関所」の仕事をなんとかして面白くしようなんて思ってもムダ。「関所」のレイバーワークなど徹底的にサボタージュしておけばいい。アルコールを飲まなくなると、演技力が増す。「関所」に命をかけているアルコール肉袋ボットに、そんな「関所」仕事はうまくやらせておけばいいのである。

会社員という身分は、「はやく辞めたい」「いつか辞めてやる」と思うものではなく「じつはもう辞めている」と考えるべきなのである。

「辞めている」本心を、宣告・予告しないだけで、一方的に有利な固定給が貰え続ける。クビになればあちらの都合で退職なので、それもまた有利。こんなにおいしい状態を維持しながら、面従腹背ならぬ面背腹背で、勝手な予定をどんどん立てて、働きながらトライ&エラーを繰り返していけばいい。

わが身を大切にすることが、すべての始まりであり、天下の統治よりも、わが身の統御に全力を挙げる者にこそ、天下を託すことができる。天下の統治よりも、わが身を愛する者にこそ、天下をあずけることができる。

老子の教え あるがままに生きる